とりあえず、ホットミルク。

私の経験が、あなたの背中を支えることが出来るかもしれない。とりあえずホットミルク飲みましょうか。

母、怪しい化粧品屋さんで働く、パンツ姿で徘徊、リスカで血まみれ

 

みなさんおはようございます!

 

 

また今日から寒いですねー。。

 

夜は用事があるのに雨だそうで、少し憂鬱です。。

 

 

 

それではさっそく今日も生い立ちの続きいきますよー♪

 

 

 

 

 

昨日の最後に書いていた3本はまだもう少しあとの話で、その前にもいろいろあったのでそちらから書きますね!

 

 

埼玉から神奈川に戻り、最初はおじいちゃんたちのところに一緒に住みました。

 

 

小学校は、前に通ってた幼稚園のみんなが行っていた学校に行くことに。

 

仲の良かった子も同じクラスにいて、すぐに馴染みました♪

 

でも、大好きだった初恋のけんちゃんとは離ればなれ。

 

結局、転校後もなんだか恥ずかしくてまともにしゃべれなかった。

 

 

そうそう、初日に事件があって。笑

 

 

行きは母が車で連れてってくれて、帰りもお迎えが来るはずだったのに全然来ない。

 

電話しても出ない。

 

そしたら教頭先生が送ってくれたんです。

 

初日から恥かいたけど、小学生だった私はあまり気にしなかったです笑

 

でも覚えてるってことはそれなりに私の中では大事件だったんだなーって思ったので、一応載せました♪笑

 

 

みんなで暮らせてやっほーう!となっていたんですが、半月後くらいかなー、また3人で暮らすことになって。

 

でも、今度は託児所には預けられないで済むみたいだったので、埼玉のときよりはましでした。

 

 

新しい生活にわくわく感もありました。

 

子供は愚直ですね。笑

 

 

なんだかんだ言って、この頃はまだ両親が好きでした。

 

 

 

でも、そんな私のささやかな幸せは続くわけもなく、半年程の間に瞬く間にたくさんの事件が。

 

 

 

 

引っ越して程なくして、母は仕事を始めました。

 

 

それは、化粧品を売りつける仕事。

 

 

昔、大きめ化粧ボックスみたいなのあったじゃないですか、あれを売りつける仕事です。

 

 

そこの人たちは優しくしてくれてたんですが、なーんか怪しい。

 

 

子供ながらになんか感じるものがありました。

 

 

化粧品臭いし、子供って意外と悪に敏感なところがあるじゃないですか、最後までそこの人たちを好きになれませんでしたね。

 

私の予感は的中。

 

 

 

ここから母は壊れました。

 

 

 

今までギャンブルなんてあまりやっていなかったであろう母が、近くのパチンコ屋に行くようになりました。

 

 

学校から帰ると、おうちに誰もいない。

 

母の仕事場に行く、いない、パチンコ屋に行く、いた。っていうのが繰り返されて。

 

 

あるとき、いつも通りおうちにいなくて、またどーせパチンコ屋だろーなーと探しに行くも、どこにもいなくって。

 

 

すごく心配で、そわそわ、泣きながらおうちで待ってたら、父の弟のおじさんと、父と母が帰ってきた。

 

母の様子がおかしい。

 

 

 

風邪薬を大量に飲んで、意識がおかしい中、パンツ姿で外を出歩き、警察に補導されていたらしい。

 

 

幼い私にはよくわからなかったけど、よくないことをした、ということくらいはわかった。

 

 

そこから母はどんどんとおかしくなり…。

 

 

 

この頃くらいから母は、今までの母とは何かが違う、そんな気がしてました。

 

 

 

まあそれまでにも、思い出される母の姿と言えば、トイレに籠って指突っ込んで吐いてる姿が大半を占めているので、おかしいのはそれ以前もなんですけどね。。笑

 

 

 

そのあとも、ある日、おうちで宿題をしていたら、「見てー」と言いながら母が何かを見せてきた。

 

何かと思って見てみると、それは血だらけの母の腕だった。

 

 

そのときの細かい記憶はここまでしかない。

 

あまりにもショッキングな出来事だったんだと思う。

 

 

あ、そのあとなぜかたこ焼きを食べたことは覚えている。笑

 

 

これが原因なのかな、血を見ることがひどく苦手です。

 

 

 

その出来事の証拠として、私の使っていたイスには血の跡がしっかりと残りました。

 

 

私が11歳のときに弟が生まれるのですが、私の勉強机をお下がりで弟も使ってました。

 

血の跡が付いているいすも。。

 

 

 

怖い話みたいになっちゃった。笑

 

 

 

たぶん、というより絶対、パンツ事件に関しては登校班のお母さん方にも知れ渡っていて。

 

 

あるとき、登校班の班長のお母さんから夜に電話が入り、母は泣きながら謝っていた。

 

 

 

 

内容は、登校中、私が言うことを聞かなくて、それで精神的バランスを崩した班長が半狂乱になり暴れて、自分で腕の骨を折ってしまったというのだ。

 

 

私はそれを聞いてとてつもなくびっくりした。

 

 

身に覚えがなさすぎるからだ。

 

 

登校中の道に、国道を渡るための大きい歩道橋があった。

 

 

そこの範囲だけは、列を崩してもいいよという、班独自のルールがあった。

 

 

私はそこでは周りと一緒に楽しく歩いていたのは確かだったけど、その他はきっちりと他の子と同じように列を乱さず歩いていた。

 

 

でも気弱は私は、歩道橋でみんなより遊びすぎたのかな…とか、なんだかよくわからなくなって泣いてしまい、とりあえず謝りに行くことになった。

 

 

すると班長のお母さんは、ここの班からは出て行って欲しいと言いました。

 

 

そして、そのあとすぐ私たち3人家族は逃げるようにしてまたおじいちゃんのおうちに引っ越すことになり。

 

 

引っ越して初日の登校の朝、父が車で学校まで送ってくれることになり、なぜだかわからないけど、忘れ物でもあったのかな、前に住んでいたアパートに立ち寄りました。

 

アパートの目の前が登校班が集まる公園だったので、私は車の助手席の下に潜り込んで隠れたことを今でも忘れられません。

 

 

悔しかった。

 

ただただ悔しかった。

 

 

後から考えてみても、やっぱり私自身には非はないと思うし、たぶん実際のところは、

 

・母がパンツ事件を起こす

・当然だけど、このことは近所に知れ渡る

・他の子のお母さん方は私たちを追い出す機会を狙っていた

・班長は私立中学を狙っていて、受験が迫っていたが成績が上がらず精神不安定だった

・たぶん、それが原因で暴れて骨を折った

・ここぞとばかりにこれをネタにし、私たちを追い出すことに成功した

 

こんな感じなんじゃないかなーと思ってる。

 

 

本当に本当にとてつもなくつらかった。

 

 

なんで私が隠れたりしなきゃいけないのって。

 

 

 

 

 

これだけ辛い思いをしても、まだまだ辛さは終わらないんです。

 

 

逃げるようにして移り住んだおじいちゃんたちの家でもまだまだいろいろと起こります。

 

あ、そうそう、おじいちゃんの家は学区内のぎりぎりの場所、3人で住んでいたおうちは、ここよりも少し学校に近い場所で、距離的には歩いて行ける範囲です!

 

一応、わかりずらいかなと思ったので補足を入れました♪

 

 

 

次の記事で、昨日の最後に書いた3本をメインに書いていきます!

 

 

いやー、洗いざらい書いていくと、なんだか思い出して気分が落ちてくる。。笑

 

 

でも、これも立派な私の人生!

 

 

 

下向いてなんていられない!

 

 

私にはやりたいことがたくさんあるんだ!

 

 

 

上は向かなくていい、ただただ、前を向い向いて生きる。

 

 

 

 

明日もまた宜しくお願いしまーす♪