とりあえず、ホットミルク。

私の経験が、あなたの背中を支えることが出来るかもしれない。とりあえずホットミルク飲みましょうか。

オートマチック引っ越し 私は何も聞いてない


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みなさん、おはようございます!

 

 

 

すみません、金曜日またやらかしましたね。。

 

 

 

また明日ーって。

 

 

毎週のことなのにすぐ忘れる、こんな私をお許しください。笑

 

 

 

知らない方のためにもう1度書きますが、基本的に、土日は記事を更新しません!

 

 

なぜかというと、旦那さんといちゃいちゃするためです!笑

 

 

 

気持ち悪いことを言っていますが、2人の時間を大切にしようってことですね♪笑

 

 

 

 

そうそう、ついに、大きな決断をしたんです!

 

 

 

受けたかった心理の講座を受けることになったんです!

 

 

 

旦那さんには、感謝してもしきれません。

 

 

 

無理を言って、お金を貸していただきました。

 

 

 

100万円。

 

 

 

世の中の方々にとっての100万円の価値はわかりませんが、お金のない私たち夫婦にとってはとてつもない大金です。

 

 

 

 

私を応援して、旦那さんは快諾してくれました。

 

 

 

バイトもしながら、お勉強頑張ります!

 

 

 

だいぶ前からですが、将来、40歳になったらお金持ちになっていることを確信しているので、きっとその予測には、この講座が鍵となっていると思うんです。

 

 

 

この講座で学んだことを、そのままビジネスに生かす。

 

 

 

やると決めたので必死に頑張ります。

 

 

1歩踏み出せてよかった。

 

 

みなさん応援してくださいね♪

 

 

 

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切り詰めないと、私たちこれから毎日もやし生活になりそうなんです。。笑

 

 

 

ですので、よかったらご協力お願いします♪

 

 

 

 

 

ではではみなさんお待ちかねの(笑)、続きいきまーす♪

 

 

 

 

 

どれくらいだったかな?わからないけど、3人での生活が続いていた。

 

 

 

私は高1から高2になるくらい?弟は11個離れているので、小1、2くらいか、私もさみしかったけど、まだまだ幼い弟はもっとさみしかったんだろうなー。

 

 

 

父方の祖父がまだ近くに住んでいたので、確かとりあえずは祖父のおうちに帰って、父の帰りに迎えに行って帰ってくるって感じだったと思います。

 

 

 

このころには、母の友達、兼、父の浮気相手親子は、近くの団地に引っ越していました。

 

 

 

 

それで、あるときの学校帰り、「今日車で迎えに来てるから」と父からの連絡が。

 

 

 

で、学校を出ると門の近くに父の車が。

 

 

 

珍しいね、どうしたの?と聞くと、「たぶん前々から気づいていると思うけど、〇〇(不倫相手)と再婚するんだ」と言われた。

 

 

 

 

私は、母との離婚とのインターバルの短さに驚き。

 

 

 

「あと、今日のうちに引越しも終わってるから、今日からみんなで暮らすんだよ」

 

 

 

と、言われ、いつもとは違う団地の前で停車。

 

 

 

 

どういうことー!?完全に頭の中はパニックです。笑

 

 

 

 

みなさんがついてこれない以上に、当時の私は父の破天荒ぶりについていけませんでした。

 

 

 

でも私は、このころから無駄に心だけは大人になっていたので、上手く立ち振る舞いました。

 

 

 

突然の継母。

 

 

実母はどれだけショックだったんですかね。

 

 

 

まぁ、彼女がしっかりしないのもいけないんですが、完全に家族乗っ取られてますもんね。こわっ。笑

 

 

 

ほかの家族を乗っ取ることができるような女性から、学ぶものがあるかもしれない!と、前向きな私。

 

 

 

しかも私の部屋もちゃんと作られていたので、それなりに満足。笑

 

 

 

継母とは10歳くらいしか離れていなかったし、母のこと抜きに考えたら、別に嫌いでもなかったので、自分で思っていた以上に早い段階で馴染んでいたんです。笑

 

 

 

 

家庭では、上手いこと対応していた私。

 

 

 

彼とも今まで通り熱々の私。笑

 

 

 

 

しかし、一番大事なものがおろそかになっていました。

 

 

 

学業です。

 

 

 

1番最初の授業で人生初の屈辱を受け、そのあとすぐのテストで挽回したものの、今度は猿化してしまったため、成績は散々な結果に。

 

 

人生初の2がついたときは、流石にあせりましたねー。

 

 

 

でも何より、彼と一緒にいる時間が楽しかったですからね、成績なんて二の次でした。

 

 

 

 

高2の頭の三者面談、父は仕事なので、継母に来てもらうことに。

 

 

 

このころには仲も良かったので、特に違和感ありませんでしたね、むしろ、学校行事は、正直実母を連れてくるほうが恥ずかしかったので、助かったって思っていた記憶もあります。

 

 

 

継母と上手く行ってなかったら、完全にグレてたかもしれません。

 

 

 

だから、いい関係を作れて本当によかったと思います。

 

 

だんだん感情移入してくださってる方がいたら、よかったね~と思ってくれてる方もいらっしゃるかもしれませんね笑

 

 

 

 

いや、むしろいてほしい!

 

 

 

 

そうそう、その三者面談の中での話なんですが、担任の先生に衝撃的な一言を言われたのです。

 

 

 

 

「このままじゃ、お前が行ける大学なんてないよ(この場合の大学とは、march以上のことを指す、あ、今marchって使わないんでしたっけ!でもこの表現しかわからないのでこのまま進めます!)」

 

 

 

 

 

猿化してしまうような私でしたが、やっぱり通っていた高校自体は進学校だったので、march以上が当たり前のような世界。

 

 

 

そもそも、就職希望なんて、年間1人くらいで、その1人も、普通の就職ではなく、警察官とかだったと思います。

 

 

 

ついに、ついに私はこんなことを言われるところまで落ちたか…。

 

 

 

評定平均3.2だったので、そりゃ言われますよね。

 

 

 

 

それを聞いた継母もショックだったみたいで、すぐに塾のパンフレットをかき集めていました。

 

 

 

 

で、高2の夏休みから、私の受験勉強は始まりました。

 

 

 

部活の話も全然してこなかったのですが、吹奏楽部でクラリネット吹いてました。

 

 

 

でも、それまではバスケやってたし、バスケは体を動かしてるから疲れても結構爽やかだったりするんですよね、でも、吹奏楽って基本的にずーっと同じ体勢だから、肩とか腰とかが痛くなって、口も痛くなるし、運動のときのような爽やかさは一切なくて、私にはきっと向いていなかったですね笑

 

 

 

じっとしてるの苦手だったし、全然上手くならないしで、あんまりいい思い出ないかも。

 

 

ただ、合宿があって、合宿リーダーとして50人くらいかなあ、まとめたりしたのはとってもやりがいがあった!

 

 

お弁当頼む時間間違えたり、先生を怒らせたり。

 

 

 

いい感じで肝心な時にボケをかましたりしてたけど、なんとかフォローも出来て。

 

 

 

一番演奏が下手なくせにリーダーなんかやって変な感じだったけど、とてもいい経験でした。

 

 

 

そんな部活も、受験勉強には必要ないということで、体育祭の演奏会で引退することに。

 

 

ここでも、上手くもないのにソロなんてやらせてもらって、緊張したけど、最後が一番楽しかったかもしれない。

 

 

 

 

でも結果、楽器は私には向いていませんでした!

 

 

 

 

でも、バスケも辞め、吹奏楽も辞め、この二つの途中での挫折は、このあとの人生に深く関わってきてる気がする。

 

 

辞めぐせがついてしまったんです。

 

 

 

このことはもう少しあとにまた書きますね♪

 

 

 

 

今日の記事をまとめると、

 

 

 

父が浮気相手と再婚し、

 

自動的に引越しが住んでいて、

 

意外と継母との関係は良好で、

 

 

ただ勉強がやばくて、

 

 

楽器なんか吹いてる場合じゃなくなって、中途半端なところで諦めることになって、

 

 

 

早々に私のお受験勉強が始まったという感じですね。

 

 

なんだかんだと慌ただしい人生。

 

 

 

 

少し波乱具合が安定し、落ち着いてきたかなーと思いますが、こんなのはつかの間のひとときです。笑

 

 

 

でも、少しはマイルドな人生になってきましたかね♪

 

 

 

 

明日もお楽しみに♪

 

 

ではまた明日ー٩(ˊᗜˋ*)و